
PROFILE
1964年6月7日茨城県に生まれる。
市原市立千種小学校、市原市立姉崎中学校卒。千葉県立千葉工業高校在学中の交通事故により車椅子生活になる。
中学、高校とバレーボール部に所属。高校ではエースアタッカーとして活躍。約10ヶ月の入院、リハビリを経て千葉ホークスに入部。
87年ごろより頭角を現し、90年より全日本候補選手に入り92年のバルセロナパラリンピックで日本代表入りする。
その後世界選手権2回、パラリンピック2回の出場を果たし、96年にはアジアから唯一世界選抜に選ばれ、スターティング5に名を連ねる。
2002年、それまで勤めていた千葉県を退職し、プロとしてオーストラリアにわたる。
2002年、所属チーム(パース・ウィルキャッツ)の優勝に貢献し、翌2003年はチームの成績は3位であったがリーグベスト5に選ばれる。
2005年3月、選手としてはもちろんコーチングの実績をかわれ、ジュニア世界選手権マレーシア代表のコーチとしてチームの強化に貢献した。
5月オーストラリアに渡り、パース・ウィルキャッツに合流し、2年ぶりの優勝を目指すも2位に終わる。
2006年NWBLパース・ウィルキャッツにて3年ぶりの優勝に貢献。
その模様が9月24日放送の
TBS系列「情熱大陸」で紹介される。
2006フェスピック・クアラルンプール大会では、マレーシアのヘッドコーチとして2ヶ月間代表を指揮し、地元大会でチームを決勝リーグに導き16チーム中8位の成績を収める。
2007年NWBL パース・ウィルキャッツにて、2連覇を達成。10月に行われた北九州チャンピオンズカップで、クラブチーム世界1になった。
オフシーズンには日本に帰国し、パラリンピックキャラバン実行委員会の講師として、全国の学校を講演活動している。パラリンピックキャラバンの講演内容は、障害者スポーツの祭典である「パラリンピック」をモチーフに、人間の可能性や、夢を持つ大切さ、そして夢を叶えるすばらしさを伝えている。
学校のテーマにもよるが、「人権学習」「バリアフリー」「スポーツの楽しさ、すばらしさ」なども話している。
その他、海外生活や車椅子バスケット日本人第1号のプロ選手としての経験から、「プロや成功者の考えかた」等についても講演をしている。